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被災地の今 インタビュー 2

佐藤 敏郎 さん

宮城 石巻市
小さな命の意味を考える会 代表
NPO法人キッズナウジャパン 理事
認定NPO法人カタリバ アドバイザー

震災当時、女川中学校の国語の教師だった佐藤敏郎さん。
その後、東松島の矢本第二中学校に赴任した後、2016年退職。
今は全国の防災イベントで講演やワークショップを行っています。

——学校を辞めて今のお仕事を始めた理由は何だったんですか?
佐藤:学校は辞めたけど、教員を辞めたつもりはあまりなくて。辞めた理由はいろいろあるけど、人に何かを伝える現場にいたいという気持ちはありました。

——敏郎さんは在職中から学外で積極的に活動されてましたよね

佐藤:平成14年から3年間女川の公民館に出向していたときに、生涯学習で地域の人たちといろんなことやってて。「大人のたまり場」もそのひとつだったんですよ。中高年をあつめて歌ったり喋ったり。そのあと女川中に赴任したから、PTAみんな知ってるっていう(笑)。学校は地域の人たちをつなぐ役割をするべきなんですよね。
学校がいろんな人たちとコラボしたりリンクしたりするためにはコーディネートする人が必要なんです。あるときはパイプ、あるときは潤滑油、あるときは接着剤、あるときは歯車になるような。そして何かを変えたくて歯車を逆に回したいとき、ひとつだけ回そうとしてもだめなんだよね。小さくていいから1個歯車として入っちゃえばいいんですよ。1人じゃできないことも、そうやって巻き込めば変わっていくんです。

——人と人をつないだり、いろんな方法でコミュニケーションをとったりっていう仕事は、教員だった頃も今も変わらないですね!

ところで敏郎さんは「あの日を語ろう、未来を語ろう」というテーマで講演をされてますがこれは?

佐藤:高校生と3.11のことを話すと、悲しい話ではあるんだけと、最終的に学校生活、生き方、未来についての話に広がっていく。希望の話になるんです。不思議ですよね。大川小のこともそう。そして防災ってたぶんそういうことなんだよね。防災=避難訓練ではなくてね。なんで生き抜かなきゃいけないかって言ったら、命が大切だからなんですよ。とても根本的なことなんですけど。

——震災の体験談を話すときにご自身がつらくなったりすることはないですか?

佐藤:悲しみは消えないけど、ちゃんと向き合うことでその先に踏み出せる、と思ってるんです。以前は大川小の遺族だと言われることが苦痛だったときもありました。でも今は「遺族の佐藤敏郎さんです」って紹介されたら、「今日は佐藤敏郎さんと佐藤みずほさんに来ていただいています」っていうのと同じことなんだと。今日は娘と一緒に来ました、と。そんな捉え方ができるようになりました。

——敏郎さんの体験談は心に染みますが、「いいお話しをお伺いしました」っていうだけでなく、だからこそ行動を起こさなきゃいけないっていうことを伝えたいですよね。

佐藤:まさにそうなんですよ。これからの講演では、いろんなコラボをしていきたいと思ってて。私も防災教育だけを専門にやってきたわけじゃないから、いろんな人たちの力を借りてね。そこで、1つでも2つでも、今からやれることを実行してもらえたらそこから変わりますからね。

 

TBCラジオ(東北放送)「佐藤敏郎のonagawa now ~大人のたまり場~」
毎週日曜23:00〜23:30
女川さいがいFMで放送されていた番組をTBCラジオで継続して放送しています!

 

 

「16歳の語り部」ポプラ社
語り部:雁部那由多、津田穂乃果、相澤朱音
案内役:佐藤敏郎
あの日小学生だった彼らの歩みとこれからのことを記録した希望の書。

 

小さな命の意味を考える会 http://311chiisanainochi.org

NPO法人キッズナウジャパン http://www.kids-now.net

佐藤敏郎さんがNPOカタリバで連載しているブログです。
http://www.collabo-school.net/news/category/kyouikugenba/