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現在位置: Wall Paper ふんばろう山元町

ふんばろう山元町へようこそ!

ふんばろう山元町とは?

東日本大震災当初、ほとんど情報が無かった宮城県山元町。その弊害は震災から時間が経った今も強く影響を残しております。ふんばろう山元町では地場に根差した「今」の発信を中心とし、更に町の皆さんの「~したい!」の実現のお手伝いをいたします。ふんばろう山元町は特定のメンバー・団体を有しておりません。町内外に縁の有る人達の集まる場として、活動のスタート地点としてご活用ください。

ふんばろう山元町ではfacebookグループの「ふんばろう山元町」で活動しております。ご興味がおありの方はぜひご参加ください。

管理人 梅田尚

他の地域・企業との繋ぎとして…

場所:山元町坂元公民館

町単体ではもちろん、一個人、一組織では町の再生は成しえません。たくさんの人とのつながりが必要です。しかし、知らない土地の者同士が繋がるには切っ掛けが必要です。ふんばろう山元町では繋がりの場、繋がりの切っ掛けとしても活用されます。

山元町坂元の仮設住宅自治会・区・地元の団体・丸井グループ(○I○I)更にボランティアによって開催されたお楽しみバザー開催。洋服は丸井グループ(○I○I)の呼びかけに賛同していただいた皆様から提供していただいたものです。

東日本大震災を知ってもらうために…

名取市閖上の日和山
同じく名取市閖上の施設「閖上の記憶」
山元町坂元駅の同地点で震災前の写真をみてもらう試み

2012年から山元町をはじめとする宮城県南部沿岸地域の視察会を行っております。日々時間が経つほどに分かり辛くなる震災の痕跡…。東日本大震災前と後の違いも含めて出来るだけ多くの人に現地の空気感をしっていただきたいです。

現場からの情報発信

2011/3/18震災後初の実家

今を知る、今を伝えることは震災からの再生のスタートになります。逆を言えば知らなければ何も始まりません。

東日本大震災発生直後、山元町の実家の両親、仙台の港で働く兄弟との安否を知る術が数日間断たれました。家族の携帯電話は不通、役場の電話も不通、テレビでは燃えさかる炎 や沿岸都市部の状況、津波の映像を繰り返し流すものの、岩沼市以南の沿岸部の情報は非 常に断片的でした。情報不足が全ての原因ではないでしょうが地域の再生、行政の意思決定、ボランティアが活動を始めた時期、とにかく全てにおいて他の地域よりも遅れを取った印象を受けます。

多くの人に「今」を知ってもらい、そこから何かを気付いてもらう。これこそが町にとって、そして思い出の地の再生にとって何より必要な事だと考えます。

風景の保存

解体の知らせを受け撮影した山下第二小学校
山下駅
取り壊し前の住宅地を記録(山元町花釜区)

次々と無くなっていく思い出の風景…思い出の地の記録をできるだけ多く残しています。 震災後に町を諸事情で離れた人、以前町と縁が在った人などナカナカ町に来れない人のため、また震災からの記録を時系列で残し、何年も先の資産とするために行っています。