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現在位置: Wall Paper ふんばろう活動実績 2011-2012 物資支援関連の活動報告 さかなのみうら (提携先)

さかなのみうら (提携先)

2011年3月より活動開始。南三陸町で三代続く鮮魚店、「さかなのみうら」社長三浦保志氏は、自らも被災し、店舗も自宅も流されてしまいながらも、 「このまま故郷をゴーストタウンにさせてたまるか!」という強い信念のもと、炊き出し等を行うなどして支援活動を行っていました。そこにふんばろう代表西條剛央さんがたまたま出会ったことがきっかけで、その後も連携し、避難所や仮設住宅への物資支援を続けています。

 

活動内容と沿革

 

被災地の避難所には、指定避難所とそうでない避難所があります。震災直後、指定避難所には行政等を通し、全国、世界中から支援物資が届きました。南三陸町も同様でしたが、取りまとめなければならない役場が流出してしまい、 行政がうまく機能していなかった事もあり、支援物資が平等に配布されていなかったり、2次避難所、3次避難所、孤立してしまった集落などには賞味期限の切れた食品しか届かない事もありました。

南三陸町で三代続く鮮魚店、「さかなのみうら」社長三浦保志氏は、自らも被災し、店舗も自宅も流されてしまいながらも、  「このまま故郷をゴーストタウンにさせてたまるか!」という強い信念のもと、炊き出し等を行うなどして支援活動をされていました。

3月末、三浦氏は、被災した鮮魚店の瓦礫を片付けていたところ、西條代表と出会いました。色の無くなった町に一際目立つ、「ふんばろう!力をあわせて一歩ずつ南三陸町」の文字。町を鼓舞するために鉄骨のみになった鮮魚店 跡に掲げられたその文字に、西條代表は興味を示し話しかけて下さいました。前述した活動を伝えると、西條代表は物資を集めるので配ってくれますかとおっしゃり、4月2日、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の前身となる、 「ふんばろう南三陸町プロジェクト」が発足しました。その後西條代表が、ブログ、ツイッターを通し、活動を広めて下さった事で、全国からたくさんの支援物資が届くようになりました。三浦氏の他に被災された佐藤長治氏ら地元の 方々が中心となって活動を続けております。

その日の西條代表のブログを、鮮魚店三浦社長の安否確認をしていた嶋津祐司が見つけ、三浦社長の無事と支援活動を知ることになります。すぐに三浦氏に連絡を取り、必要な物資を伺い届けました。震災一月前に鮮魚店さかなのみ うらを訪れていたので、一変してしまった町の様子にショックを受けました。その日から現在まで、復興に向けて南三陸町に通い続けています。

南三陸町の大きな避難所の中でも、他の避難所と比べ志津川高校避難所には支援物資が行き届いておりませんでした。震災当初、三浦氏が集めた支援物資を同避難所に運ぶと拍手で迎えいれられたそうです。ここで震災以前から顔見 知りだった避難所のリーダー「内田兄弟」に再開します。4月に西條代表が南三陸町を訪れた際、内田兄弟と繋がります。その後、ふんばろう様のご尽力により同避難所には大量物資が届くようになり、少しの豊かさを取り戻します。

インターネットや西條代表のメディア出演などから、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」と共にさかなのみうらの活動を多くの皆様に知って頂く事ができ、全国から多数のボランティアが支援物資を持ってお手伝いに来て下さる ようになりました。現在は、ボランティアに来て下さる方々と共に、南三陸町仮設住宅58カ所、約2200世帯を中心に物資配布を行っております。

 

物資配布をしながら被災された皆様の必要物資を聞き込み、優先度が高いと判断した物資を「ふんばろう東日本支援プロジェクト」スタッフ様に電話で連絡し、HPに掲載して頂く。

HPを見た支援者様が、さかなのみうら宛てに直接支援物資を送付。

全国から来て下さるボランティアの方々、被災した地元の方と共に仕分けを行い、必要とされる方の元へ届ける。

地元の方々の協力を得られたこともあり、細やかな配布活動ができております。支援物資を届けながら、必要な物の聞き込みをする事で、"今"必要な物を届けてきました。活動の根底には、「必要な物を、必要な分、必要な方へ」 という想いがあったからです。

 

活動実績

 

4月25日 山田エイジ監督による、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」のCM撮影。  (5月9日から配信スタート) 避難所に支援物資を届ける中のリアルな声、現場の臨場感が伝わるCMとなり、西條代表はじめ、多くの方の情報拡散、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」のスタッフの皆様のご尽力で個人支援者様や企業様より、たくさんの支援 物資が届きました。

全国の方の被災地を想う気持ちを代わりに伝えるため、次のような看板をトラックに掲げ配布活動を行いました。

「お願い この物資は全て全国の多くの皆様からの気持ちです。

みんなで呼びかけて、お金を出し合って、買い揃えた物です。

だから、大事に感謝を込めて使って下さるとありがたいです。」

 

6月 物資配布方法の変更

震災直後は、トラックから段ボールを下すと同時に無数の手が伸びてくるほど切迫した状況下での配布活動でした。そのため、物資倉庫に届いた段ボールを仕分ける余裕もなく、次々とトラックに積み、配布する日々が続きました。 3か月が経ち、支援物資も少しずつまわり始め、ライフラインが段階的に復旧してくると、被災された方々の様子も変化してきたので、 支援物資を段ボールから品目別にコンテナに分け、衣類は1枚1枚袋詰めにし配布しました。受け取る方々にも並んで頂き、個数を制限するなどし、寄せられた支援物資を、より多くの方に平等に配布することを心掛けました。この頃 から、配布活動を通し、被災された方々と交流する中で、皆様ともようやく笑顔で会話ができるようになってきました。

 

6月26日 西條代表、三浦保志、嶋津祐司の鼎談

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の発足時の事が語られ、HPにも掲載して頂きました。         HPに笑顔の写真が使われた事からも、現地が少しずつ落ち着きを取り戻してきた様子が伝わったのではないでしょ うか。

 

6月27日「漁業支援プロジェクト」始動

物資配布を行っていると、被災された漁師さんから「船ねぇか?」と聞かれる事が度々ありました。なんとかしてあげたいという想いを西條代表に相談させて頂いたところプロジェクトの始動に繋がりました。プロジェクト内では、 当時行政が積極的に行わなかった海中の放射能検査(昨年7月・10月・本年1月実施、今後定期的に実施予定)や漁具の購入、漁船の斡旋などを行いました。後に漁師さんらと共に立ち上げた、「南三陸町漁業再生支援協会」へと発 展します。2011年12月時点で、わかめ養殖棚に使用するアンカー用のサンドバッグ2000個、万丈篭700個、200m巻ロープ20本、長靴や手袋、靴下等、効果的な支援を行い、漁師さんたちに大変喜ばれております。小 型サンドバッグに関しましては、「ミシンでお仕事プロジェクト」様によって南三陸町内の女性たちに製作頂いた事で、何重ものご支援に繋がりました。今後、1月~2月にかけ、わかめ用の鎌400本と、漁船3隻(計11隻)を漁 師さんにお渡しできる予定です。

7月~8月 「扇風機プロジェクト」南三陸町内に扇風機約1600台配布

避難所となっている体育館や仮設住宅はプレハブ造りの建物がほとんどで、非常に熱がこもりやすい環境です。特に仮設住宅は、玄関からすぐに部屋が見えてしまうため、玄関を開け放しておく事ができないご家庭がほとんどでした 。また、仮設住宅には日本赤十字社よりエアコンが設置されておりますが、電気代の節約のため使用を控える方も多くおられ、扇風機の配布は大変喜ばれました。このプロジェクトでは、「東日本復興支援ヒューマンリンク」代表であ る、平島武文氏のご協力を得る事も出来ました。平島氏は、秋の風が吹き始める頃にはすでに暖房器具の配布準備をされており、「あったかストーブプロジェクト」として反射式ストーブのご支援も下さいました。現在は、支援物資運 搬用にと、さかなのみうら物資プロジェクトにトラック、バンを貸して下さっております。

 

8月1日 山田エイジ監督による「漁業支援プロジェクト」のCM撮影

漁師さんらと共に船に乗り、海に出て撮影。1000年に一度とも言われる震災・津波に遭い、港は沈下し、漁船や漁具を失いながらも、海で仕事を続ける事を選んだ漁師さんらの熱い想いが

詰まったCMとなりました。

 

8月1日 「家電支援プロジェクトin南三陸町」

強い日差しの中、配布開始時間よりも早くから長蛇の列ができ、家電製品に対してもいかに困っているかが伺えました。配布予定個数を上回る受け取り希望者が訪れたため、急きょさかなのみうらに届いている家電製品もお渡ししま した。

 

8月28日 さかなのみうら、ツイッタースタート

【物資プロジェクト】【漁業支援】【さかなのみうら】とテーマを設け、被災地の現状と、活動の報告をしてきました。また、さかなのみうらに届く支援物資の下降に伴い、さかなのみうらでも常に対策を検討してきました。「ふん ばろう東日本支援プロジェクト」のスタッフの皆様と共にHPの改善を行ったり、ツイッター、FBで現状、活動の報告をすることで一時的にではありましたが再び支援物資が集まりました。                   

 

8月末日~9月初旬 町内全ての避難所が閉鎖、仮設住宅への移住が完了

4月28日、登米市横山の仮設住宅の完成を筆頭に、順次、町内外に仮設住宅が完成し、少しずつ避難所からの引っ越しが始まりました。それに合わせ、避難所と仮設住宅の両方に物資配布を行うようになります。最終的に町内58 か所の仮設住宅や自宅に留まった方々、およそ3000世帯へと配布を行う事になります。避難所閉鎖に合わせ今まで志津川高校避難所で炊き出しや物資配布の活動をしていた内田智貴氏がさかなのみうら物資プロジェクトに参加。ま た一人地元の方が加わり、よりきめ細やかな支援が可能となりました。

9月11日「ふんばろう東日本支援プロジェクト」第8回本部MTGにて、西條代表と嶋津の対談

被災各地の被害状況と復興の様子、西條代表と三浦氏との出会いから「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の発足時の事、嶋津はさかなのみうらとしての被災地支援に対する考えと、南三陸町の現在の様子をお話させて頂きました

支援物資の不足により、毎日配布を行うことが困難になり始めます。さかなのみうらから、企業様宛に直接物資支援のご協力を頂けるよう働きかけを始めます。

 

9月19日 「ふんばろう東日本支援プロジェクト」第3回宮城支部MTG

さかなのみうら物資プロジェクトリーダーである三浦保志氏も参加させて頂きました。

 

9月19日 西條代表を交え、さかなのみうら物資プロジェクトの今後について南三陸町でMTG

「自店を町で最初に再開させたい!」本来は鮮魚店店主である三浦氏が、ここまでさかなのみうら物資プロジェクトを率いてきました。しかし、鮮魚店再開に向け、三浦氏は支援活動から離れ、再オープンの準備に徹することとなり ました。三浦氏の想いを引き継いだメンバーで支援活動を続けていく事になります。この日の西條代表のツイートがこう残されております。「チームみうらのミーティングです。 さかなのみうらも9月29日に再開が決まり、忌憚のない建設的な議論によって、現在の課題とその解決策、今後の方針や目標が明確になりました。 ある意味で歴史的なMTGで、終わりには拍手が起きました。」

 

9月下旬 「南三陸町さかなのみうら日用品セット」の発売がスタート

3月10日までは支援活動を続けたい。しかし、支援離れが加速し、震災後のように物資を届ける事が出来なくなってきた事から、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」スタッフの皆様も、新たな支援の方法を模索して下さいまし た。そこで、必要性の高い物資を購入し配布する事で、困っている方へ配布活動の継続ができるようにと、物資募集のページの他に、物資の購入資金を募るページをスタートして下さいました。お陰様で12月の終了までに、たくさん の支援金が集まり、多くの方へ日用品を届けることができました。

 

多くの企業様より商品ご寄付のご協力が頂けるようになります。その間、今(1月19日現在)も途絶える事無く物資を届けてくださったのが、被災地の地元商店から支援物資を購入して被災された  方々に送ることができるショッピングサイト「復興市場」様でした。代表 山崎氏の献身的な活動により、さかなのみうら物資プロジェクトの日用品は勿論、南三陸町漁業再生支援協会へも多くの漁具が提供されるようになりました。

 

9月29日 鮮魚店「さかなのみうら」オープン!

三浦社長の元にかつてのスタッフが戻りました。「新鮮な物を安く売る!」という方針は再開後も変わらず、箱ごと買う方も目立ちました。また、まだまだ商店の少ない町で、お店一つオープンする事はコミュニティ形成の場にもな り、「久しぶりだね!」「元気だった?」などと抱き合う様子も多くみられました。開店を心待ちにして下さったたくさんのお客様で賑わい、笑顔と涙溢れるオープンとなりました。ふんばろう様からは素敵なお花も届きました。

10月初旬 「冬物家電プロジェクト」に向け、町内へのアンケートスタート

朝晩の急激な冷え込みにより、結露や隙間風に悩む声があがるようになります。行政から被災地に暖房器具配布と発表がありましたが、それを待つことができない被災者の皆様へふんばろう様が一早く行動して下さり、プロジェクト 内の先行分として町内に、こたつ、ホットカーペットを配布致しました。配布活動と同時に、暖房器具の購入にご協力頂いた、全国の支援者様、ご寄附頂いた企業様へのご報告用の画像や映像の撮影を行いました。

 

10月下旬 物資配布方法の変更

支援物資は集まる様になりましたが、寒くなり日没時間が早くなったのと、就労する方が増えたという理由から、これまでのようなフリーマーケット形式での配布活動が困難になります。一世帯毎にパッキングし、一軒一軒へ直接の お届け、または自治会長さんのご協力を頂き、談話室を利用しての配布方法へ切り替えました。

 

その他、「ハンドメイドプロジェクト」様は、アクリルたわしや暖簾、クリスマスオーナメントなど、目にも楽しい、色鮮やかな手作りの小物で南三陸町の方々を笑顔にして下さいました。

他、支援物資に関しましては、スタッフ個人様からも幾度となくご協力頂いております。

また、名古屋、大阪、京都、山口の各支部の皆様には、夏・冬物家電製品や衣類や食品、寝具などの支援物資は基より、フォークリフト、コンテナ、パイプハウスをご提供下さっております。特に名古屋の秋田稲美さんは、さかなの みうらの応援歌を作って下さり、鮮魚店さかなのみうらの再オープン時に花を添えてくださいました。

 

11月~企業様を中心にこれまでないないほどの大量物資が届き続けており、現在に至る。

 

 

メッセージ


さかなのみうら物資プロジェクトからのメッセージ

被災されたお一人おひとりに私共の想い、支援者様の想いを伝えられるよう、次のようなメッセージを添えてお届けしております。

南三陸町の皆様こんにちは

さかなのみうら物資プロジェクトです

これらの物資は「南三陸町の皆様の未来のために!」と

全国の方々が生活費を切り詰めお金を出して購入して下さる物です

購入先の店舗の支援にもなるようにと

全国の商店ではなく南三陸町内の商店より購入して下さっております

また8か月が過ぎたこの時期になっても南三陸町の事を

忘れずに応援して下さる企業様のご厚意で寄せられた物資です

皆様に配布する準備のお手伝いにも

全国各地から何時間もかけて来て下さる方々のほか

同じく被災された南三陸町内の被災者の方

仙台市内からも多くのボランティアが来て下さっております

もちろん皆様無償で頑張っております

衣類は一枚ずつ畳み袋に入れ

調味料も一つ一つ丁寧に袋詰めしております

皆様が元気に復興する姿を全国の方々が望んでおります

支援物資をもらうことを当たり前と思わず

このご厚意に対し「ありがとう」という感謝の気持ちに代え

復興という形で全国の方々に少しでも早くお見せしてください

共にふんばってまいりましょう よろしくお願い申し上げます

 

関連サイト

 

さかなのみうら復興市場
http://fukkoichiba.com/shelter/1261

 

twitter
http://twitter.com/#!/sakananomiura