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現在位置: Wall Paper ふんばろう活動実績 2011-2012 2011-2012年活動報告

2011-2012年活動報告

2013.03.07 西條 剛央


 

(1)はじめに

1000年に一度といわれる未曾有の大震災が東日本を襲いました。私は仙台出身であり、親戚は津波で行方不明となりました。

そんな中、南三陸町に物資を届けに行ったことをきっかけに「ふんばろう東日本支援プロジェクト」(以下「ふんばろう」)を立ち上げました。

その活動は瞬く間に全国に広がり、数十のプロジェクト、支部、運営チームと2900名ほどのメンバーを擁する日本最大級のプロジェクトに成長しました。

これもたくさんの支援者、協力者、運営スタッフの皆様のおかげでです。

本当にありがとうございました。

以下に活動の概要示します(である調で記載させていただきます)。

 

(2)物資支援プロジェクト

2011年4月1日に立ち上げた「物資支援のプロジェクト」を通じて総計3000カ所以上の避難所、仮設住宅、個人避難宅等に2万8000回以上、70万個、15万5000品目以上に及ぶ直接支援を実現した。また被災地のお店から購入したものを被災者に届ける仕組みの「復興市場」を通じて約4万6000個以上の物資支援が行われた。さらにインターネットショップAmazonの「ほしい物リスト」を援用することで家電や自転車、生活物資など3万4000個以上を届けることができた。個人の要望に基づく物資支援は2012年3月末で終了し、2012年4月より、外部団体やふんばろう内のニューズ調査に基づく物資支援へ移行した。また2012年4月からは、被災地で飼い主を失った動物を保護している人や団体に対して餌などの物資を支援する「動物班」が立ち上がり、1万個以上の物資支援を実現している。

さらに「大量物資支援プロジェクト」では、岐阜県、愛知県、宮城県、福島県、大分県、大阪市、仙台市、横浜市で行き場を無くした大量の物資や、さらに株式会社ニトリ、三井不動産販売株式会社、ライオン株式会社、シンガポールのNGOマーシーリリーフが提供してくれた物資などをマッチングして、4tトラック200台分以上もの膨大な物資を被災者に届けた。

(3)家電プロジェクト

5月に入ると「家電プロジェクト」を立ち上げた。行政や日本赤十字社の支援が受けられない個人避難宅をはじめとして、冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、扇風機、アイロン、冬物家電など、総計2万5000世帯以上に家電を届けた。この全国に被災者に向けた家電支援をきっかけに、被災者の様々なニーズをアンケートをとることで心の支援につなげる「絆プロジェクト」を立ち上げ、さらに福岡大学の長江信和准教授の「ユビキタス・カウンセリング」などと連携して、被災者の心をケアする人材を育成するMHF(メンタル・ヘルス・ファシリテーター)の資格取得の講座を開催するなど物から心の支援につなげていった。

(4)重機免許取得プロジェクト

また同じく5月には自立支援を目的とした「重機免許取得プロジェクト」を立ち上げた。これは被災した人たちに重機の免許を取得してもらい、復興事業での雇用につなげようというプロジェクトである。職を失った被災者が復興関連の仕事に就きたくても、重機の免許がないためなかなか働き口が見つからなかったことから,寄付を集め免許取得を支援することを提案して始まった。これまで現地の企業と連携しつつ、1000名以上の免許取得の費用を全額サポートした(現在も支援を継続している)。さらに即戦力が求められる被災地の現場に対応できるようマンツーマンの教習によるスキルアップトレーニングのプロジェクトも行っている。

(5)漁業支援プロジェクト・サンドバック

また7月頃立ち上げた「漁業支援プロジェクト」では漁船や漁具を支援した。特に、ワカメの養殖に欠かせないサンドバックを提供する「サンドバックプロジェクト」は全国の支援者を巻き込み、総計10万枚のサンドバックを南三陸町の30浜以上の漁師さん達に渡していき、漁業再開の後押しとなる支援を実現した。

(6)ミシンでお仕事プロジェクト

また被災したお母さんたちから「支援物資の服のサイズがあわない。ミシンがあればお直しして活用できるのに」「仮設住宅のカーテンの裾が短く、冷たい空気が入ってきて寒いので裾ぬいをしたい」といった要望があがってきた。また「町も仕事もなくなったが、子どもが小さくて外に働きに出ることができない。仮設住宅の中でミシンを使った仕事をしたい」といった現地の声を受けて「ミシンでお仕事プロジェクト」を立ち上げた。

これは、被災したお母さん方にミシンやアイロン、裁縫セットなどのミシンセットをお渡しする「物資支援」と、ミシンを使えるようになるための講習会による「人材育成支援」、そしてミシンをお仕事につなげるための「自立支援」の3つ柱からなる。これまで、400人以上方々にミシンセットを渡し、スキルアップ講習会などを実施してきたところ、サークルがいくつも立ち上がり、初回の講習会参加者が先生となって他の人にミシンの使い方を教えるといったつながりが生まれている。最近では「南三陸ミシン工房」「ポケモンチャリティバックプロジェクト」として作品を売り出しており、70社以上の企業を巻き込み、東北で被災した女性たちの雇用を生み出して自立した生活を営むためのサポートをしている。

(7)手に職・布ぞうりプロジェクト

また、現地のお母さんの自立支援として「手に職・布ぞうりプロジェクト」も立ち上げた。南三陸・陸前高田・石巻・東松島で布ぞうりの講習会を行い、コミュニティ作りを支援。さらに希望者にはスキルアップ講習を行い、商品として売れる布ぞうりを作れるよう指導し、ふんばろうのネットワークを活かして販売した。現在は「布ぞうりサポーターズ」としてハギレやミシン糸など、布ぞうり作りに必要な素材を提供してもらえる企業と現地の編み手さんをつなぎ、また全国の支援者から着古しのTシャツを集めるといった後方支援の活動を行っている。

(8)就労支援プロジェクト

また被災自治体に配分されている国の予算を就労支援に活用するため、雇用・人材支援のノウハウを持つ株式会社パソナと資格取得のスキームを持つ株式会社日建学院と連携することで「就労支援プロジェクト」を立ち上げた。2012年7月より、陸前高田市と連携して、地域のために働きたいという希望を持つ人に対して、地元の産業を支える上で必要な知識やスキルを習得できる研修機会を提供し、終了後には市内企業で働ける場をコーディネートすることで、企業の人材採用と個人の就職決定の双方をバックアップする「就労創出支援プロジェクト」を実施している。大船渡市では、同様の趣旨で建設業界に特化して「震災復興建築人材育成・就職支援プロジェクト」を進めている。このように地域の復興・産業振興に取り組む企業と、仕事を通して地域の復興・産業振興に貢献したいという個人を円滑にマッチングする仕組みづくりと実践に取り組んで成果をあげている。

(9)おたよりプロジェクト

また、2011年7月には、協力関係にあった中村祐子氏が立ち上げた「お手紙プロジェクト」の姉妹プロジェクトとして、中村氏のノウハウ提供のもと、全国の支援者からの手紙を集めて被災者に直接届ける「おたよりプロジェクト」を始動させた。それはスタッフが家電プロジェクトやハンドメイドといった他のプロジェクトと連携しながら、家電などの必要物資と一緒に、全国の支援者から預かった手紙を640人一人ひとりに届けるプロジェクトだ。こうした活動は現地の人の話を傾聴することで、自然と心の支援にもつながっていった。

さらに津波被災地には郵便局もなく、ハガキや切手が入手しにくいという声に応えるために、全国の支援者から集めた切手約2万2500枚、ハガキ約5万2900枚、レターセット約9500セットを被災地に送った。これによって物資や手紙を送ってくれた人との手紙のやりとりがはじまり、被災者と全国の支援者とのご縁をつなぐ役割も果たした。「ふんばろう」でいつしか合い言葉となった「支援から〝始縁〟へ」を積極的に実現するインフラとしての役割を担ったのである。「およたりプロジェクト」は活動から一年が経過したところで現地のニーズも少なくなってきたことから活動を終えたが、心温まる手紙のやりとりを中心に、2012年3月、チャリティブック『忘れない 被災地への手紙 被災地からの手紙』[i]として刊行された(現在「翻訳班」「電子書籍プロジェクト」により英訳化が進められている)。

(10)ハンドメイドプロジェクト

被災地に手作り品を送る「ハンドメイドプロジェクト」には、家庭にいながらもできる支援として50代や60代の方も数多く参加している。このプロジェクトは2011年の夏の「扇風機プロジェクト」の作業の過程で生まれた。被災地に扇風機を送る作業をしている時に、箱の中に手作りのアクリルタワシを入れる人がいた。当時、被災地はまだ水が不自由でタワシが重宝されたので、それを見た女性スタッフが、タワシや小物を作業の息抜きにつくるようになったのである。夏場には被災地から、「ドアを開けて風通しよくしたいが、仮設住宅の中が丸見えになるから暖簾がほしい」という声が届いた。そうした希望に応えて手作り品を送るうちにプロジェクトは拡大し、秋ごろからはツイッターやホームページ経由で手作り品の公募が始まった。ピークは年末のクリスマス・オーナメントの募集であり、日本全国、海外からも品物が届き、このときだけでその総数は1万点を超えた。そうして集められた手作りの物資はスタッフによって仕分けされ、ラッピングを経て被災地でのイベントで配られたり、仮設住宅等で無料配布された。ハンドメイド品の物資支援の他に、ハンドメイドのワークショップを開催し、被災された方々に手作りの楽しさと笑顔を広げる活動もおこなわれた。

(11)ガイガーカウンタープロジェクト

放射線を正しく計測できるよう高性能のガイガーカウンター(放射線量計)を正しい測定方法や知識とともに無料で貸し出す「ガイガーカウンタープロジェクト」を立ち上げた。まず測定の専門家をリーダーとして講習と実習を重ね、スタッフが正しい放射線測定法を習得した。その上で、貸出システムと運営体制を整え、2011年8月にガイガーカウンターの貸出を本格始動させた。その後、要望に答える形で貸出対象エリアを、茨城県、栃木県、群馬県、宮城県へと拡大していった。さらに利用者や一般の方を対象としたガイガーカウンターの使用法の講習会を開催した。また『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』[ii]を福島県内の全中学校,高校、図書館,公民館図書室などに贈呈していった。

(12)PC設置でつながるプロジェクト

被災地では、当初からパソコンのニーズは多かったが、高額であることに加え、プリンターやソフトウェア、ウイルスセキュリティソフトなど一式揃える必要があり、また中古パソコンを送る際には通常の家電と異なり中身を完全に消去し、再インストールする作業が必要など壁は高かった。しかし、ヤフージャパン、富士通、NTTデータ、トレンドマイクロ、ボストン・サイエンティフィックジャパン、IBM人材ソリューション、アイ・ディ・ケイ、日本マイクロソフトなどの諸企業の協力により、1000台規模の支援が可能になり、「PC設置でつながるプロジェクト」が本格始動した。宮城支部のチームを中心に、要望のあった公共スペースに次々と設置していき、被災地三県、200カ所以上の仮設住宅のインフラを整備した。被災地で放課後学校を運営する「NPOカタリバ」にもパソコンを100台規模で支援するなど、被災地で実効性の高い支援を行っている団体のインフラ整備のバックアップも行った。また、PCを活用できるようになりたいという現地の要望に応じてPCふれあい教室プロジェクト」も始動させた。

(13)学習支援プロジェクト

狭い仮設住宅や、自宅の1階が被災し2階だけで生活している家庭では、集中して勉強できるスペースがない。また震災前は勉強を見てくれた家族も、子どものために時間を割くことが難しくなっているのが現状である。加えて、塾や予備校も十分に復旧しておらず、学校の校舎自体が被災している地域も少なくない。今、子どもたちにとって最も大事なことは、安心して勉強できる環境を確保することである。また子ども達も深く傷ついている。みんなで集える学び場を作り、子ども達に寄り添うことで自然な形で心のケアにつなげることができないか。そうした問題意識から塾などの十分な学習環境がない地域を中心に「学習支援プロジェクト」を立ち上げた。

具体的には、被災三県の各地で、学習サポート会「学び場ふんばるんば」「寺子屋・いきいき世代」を開催。仮設住宅の集会所や学校などの施設をお借りして、小学生~高校生までの少人数の勉強会を行い、受験勉強や授業の復習のサポートができる大学生・社会人を派遣している。2012年度より、ボランティア指導者の派遣に加え、現地スタッフに指導を業務委託することによって今までよりも高い頻度で学習会を行えるようにした。

また受験直前対策や学校の授業の復習を促進するため、「PC設置でつながるプロジェクト」と連動しつつ、ニッケンアカデミーのインターネット教材と問題集を使って、合計195名の小中高生に無償で教材提供を行った。また学習内容に関する質問や相談も受け付け、特に中3生に対しては担任制をとることで電話やメールなどで定期的に学習アドバイスを行うなど遠方からのサポートの仕組みも充実させた。

(14)エンターテイメントプロジェクト

2011年初夏、緊急支援や必要支援がようやく落ち着き始めた時期に、アートの力で被災地へ元気を届け、被災された方々の心を潤す目的で「エンターテイメントプロジェクト」が発足した。現地のニーズを拾い、多ジャンルのアーティストがコラボして、被災した小学校への楽器や花の提供、避難所・仮設集会所でクラシックやジャズ演奏・エアリアル・人形劇・絵画等を通して喜びや癒しを届ける活動を行った。第2ステージは心の希望支援を目的として復興イベントプロデュースや仮設での様々なイベントに参加し、また歌謡曲伴奏や音楽・アートのワークショップなど来場者参加型のエンターテイメントも積極的に実施した。また被災地外ではゴスペルフラダンス・演劇・音楽・朗読・ストリートオルガンといった様々チャリティーイベントを通して支援の輪を広げていった。

(15)給食支援

また、石巻市などの被災自治体の小中学校では、2011年の夏になっても、魚がのっているご飯と牛乳パックといった簡易給食が続いていた。育ち盛りの子どもたちがあまりに不憫だということで、給食のおかずなどを支援する「給食支援プロジェクト」を始動させた。これは、要請があった小中学校で2011年11月中旬まで続けられた。

(16)うれしいプロジェクト

演出家である宮本亜門氏をリーダーとして、「ふんばろう」の自立支援に寄付されるチャリティオークション「うれしいプロジェクト」が立ち上がった。事務所の壁を越えて、市村正親、成宮寛貴、藤原紀香、大竹しのぶ、木村佳乃、佐藤隆太、森山未來、城田優、高嶋政宏、森公美子、ソニン、別所哲也、井上芳雄、松田美由紀、彩吹真央、石丸幹二、浦井健治、南果歩、といった著名人が出品協力してくれた。そして2012年1月の宮本亜門作・演出『アイ・ガット・マーマン』公演では、出品会場ともなった株式会社東宝の全面協力によって、「ミシンでお仕事プロジェクト」「手に職・布ぞうりプロジェクト」の物販が行われた。その結果、ほとんどの商品が完売となり、仮設住宅や個人避難宅のお母さんたちに大変喜ばれた。

(17)緑でつながるプロジェクト

元々被災地では花や野菜を育てていたひとは多かったが、仮設住宅では個人の花壇や畑を持つことができないため、入居者は植物を育てる楽しみを持てずにいた。また多くの地域では抽選で仮設住宅の入居者を決めたためにコミュニティがばらばらとなり、近所の人とコミュニケーションがとれないという問題があった。そこで2012年度になってからは、できるだけ多くのお花好き、植物好きな方々に、植物を育てる愉しみや、園芸を通してコミュニケーションする機会を提供する「緑でつながるプロジェクト」が立ち上がった。これも被災地三県の仮設住宅を中心に広がっている。

(18)その他

ふんばろうの活動やそれを支える考え方を広く広め、今後の防災教育にも役立ててもらうために、ふんばろう関連の書籍『人を助けるすんごい仕組み』[iii]『被災地からの手紙 被災地への手紙』[iv]の印税を全額支援活動に充てる「チャリティーブックプロジェクト」を立ち上げた。

また関心が低下する中、継続的に支援を続けるための資金的なインフラを整備するために、毎月一口1000円からの継続支援が可能な「サポータークラブ」の仕組みも構築した。これにより「ふんばろう」の継続的な活動が可能になった。

その他にも「いのちの健康」「マンガ・イラストチャリティーオークション」「箱モノ支援プロジェクト」「ふんばろう商店」といった様々なプロジェクトが活動しており、また2012年に入ってからは「大川きぼうプロジェクト」「ふんばろう山元町」といった地域特化型の復興支援プロジェクトも始動している。

さらに、岩手、宮城、福島といった前線の支部だけでなく、また、府中、名古屋、大阪、京都、神戸、岡山、山口、九州、ロサンゼルスなどの後方支援支部も立ち上がり、全国的な支援体制が整っていった。特に、岩手、宮城、福島の前線支部は各プロジェクトや後方支部と効果的に連携し、それぞれが地元のニーズに合った実効性の高い活動を行った。

こうした支援実績は日本赤十字社や日本経済団体連合会、参議院の憲法審査会、内閣府(防災担当)にも認められ公式シンポジウム等に招聘されるに至っている。 


[i]西條剛央・ふんばろう東日本支援プロジェクトおたより班 『被災地からの手紙 被災地への手紙——忘れない。』 大和書房 2012年

[ii]田崎晴明 『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』 朝日出版社 2012

[iii]西條剛央 『人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか』 ダイヤモンド社 2012年

[iv] 文献[i]